no.1, 1997
University Museum, University of Tsukuba
人類が身の回りの世界を認識しはじめたごく初期の時代に、おそらく人々は動物と植物を区別していたであろう。「動き、食するもの」と「地にはえ、食さず、成長するもの」の違いは歴然としていたにちがいない。現在ではもちろん、生物学の知識を取り入れて、多くの人は動物との対比で、「酸素発生型光合成を行う生物」として植物を理解している。もう少し専門的な言い方をすれば「二酸化炭素を還元するための電子の供与体として水を用い、結果として酸素を発生する生物」ということになる。このような生物の光合成によって酸素20%という現在の地球大気が形成されたのである。本題に入る前に、これまでの生物観の変遷を簡単に振り返っておこう。(図1)。ルネサンス依頼、生物学の知識が蓄積されるにつれて、生物観は次第に複雑なものに移り変わり、現在、教科書のレベルで、最も普及している生物観は五界説である。五界とは原核生物からなるモネラ界のほか、動物界、植物界、菌界(きのこやかび)という真核生物の三つの大きなグループと、これらのいずれにも属さない真核生物のすべてをまとめた原生生物界からなる。モネラ界と原生生物界の認識には顕微鏡技術の発展に寄るところが大きい。
実は日本語でいう原生生物にあたる英単語には二つある。ひとつはプロティスタ(Protista)であり、もうひとつはプロトクティスタ(Protoctista)である。前者は単細胞の真核生物と定義され、後者は動物、植物、菌類を除く真核生物と定義される。プロティスタには、従属栄養で生活する多くの微生物のほかに、ミカズキモやミドリムシなど、単細胞であるが光合成を行う多数の藻類が含まれている。一方、植物界をどの範囲でとらえるかによって、プロトクティスタの範囲は大きく変わる。たとえば、現在多くの教科書で採用されているマルグリスの五界説では、植物は陸上の緑色植物に限定される。だから、そこではコンブやワカメやアサクサノリなどの海藻は植物ではなく、プロトクティスタに属する。このように、植物の輪郭は五界説においてさえすでにあいまいである。いずれにせよ、原生生物には性質の異なるさまざまな生物群が含まれている。五界説は動物、植物、菌類の独立性を強調した生物観で、原生生物界はいわば所属があいまいなもろもろの真核生物を便宜的にまとめたグループである。最近の生物学の成果は、原生生物の分類と系統に関する知識を飛躍的に増大させ、その結果、われわれの生物観、特に植物に関わる部分は大きく変貌することになった。
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| クリプト植物の細胞構造 |
光合成を行う生物にはコケ、シダ、種子植物を含む緑色植物のほか、水中や土壌などの多様な環境に生息する藻類が含まれている。藻類にはアオコなどの水の華を作る藍藻類のようなモネラ界に含まれる原核藻類のほかに、、およそ20の綱を含む真核藻類の9つの植物門が認められている。アオサやアオノリなどの緑藻コンブやワカメ、ヒジキなどの褐藻、アサクサノリなどの紅藻類のような肉眼でみえる大型の多細胞藻類のほかに、単細胞の体制をもつ多くの仲間が知られている(図2)。これらの藻類は、光合成色素や細胞のつくりが互いに著しく異なり、また細胞の示すさまざまな作用においても多くの差異が認められている。9つの真核藻類の間の違いは、いずれの組み合わせでも、陸上植物のコケ植物と被子植物(たとえばサクラ)の間のそれよりはるかに大きい(図2)。そのために、おそらくそれらは起源の異なる生物の集まりであることが示唆されるようになった。近年の分子系統の手法の導入によって、このことはさらに確定的になった。特にリボソームRNA遺伝子の系統の研究から、藻類の門の階級の分類群はそれぞれ単系統群(共通の祖先に由来する生物からなる分類群)であり、その多くは互いに独立に進化してきたものであることが示されている(図3)。すなわち、藻類は多系統(異なる祖先をもつ生物群を含む分類群)である。ここで光合成を行う生物を植物とよぶならば、植物は起源の異なる多系統の生物群の総称ということになる。だとすれば、酸素発生型光合成というすぐれたエネルギー変換のしくみは藻類のそれぞれの系統で独立に進化したのだろうか。走塁のさまざまな系統にみられる葉緑体は独立に生じたものだろうか。ここに葉緑体の複数起源の可能性が生じる。
ミトコンドリアと葉緑体は核から独立した独自のDNAをもつ細胞器官として知られる。いずれも細胞内でエネルギーの変換に関わる重要な装置である。これれの二つの細胞器官が細胞共生によって獲得された小器官であることは広く認められており、細胞膜の陥入によって形成されたとする膜進化説は現在では殆どかえりみられることがない。葉緑体の遺伝子の系統を調べることで、葉緑体の起源を調べる作業が続けられているが、16 SrDNAの系統は葉緑体が単系統であることを強く示唆している(図4)。さらに、葉緑体ゲノムにおける遺伝子配列などの情報も、すべての光合成真核生物の葉緑体は単一の起源をもつことを支持している。これが真実ならば、光合成の能力が真核生物の複数の系統で独立に出現したという見解との間に矛盾が生じる。皇后生成物の多系統性と葉緑体の単系統性の間の矛盾はどのように解消されるだろうか。
実は、光合成が複数の系統に出現したことは、細胞共生による葉緑体の水平移動が複数回起こったことで説明することができる。クリプト藻という単細胞藻類のグループがある。この生物の細胞のつくりをみると、ふつうの真核生物のそれと大きく異なることがわかる(図5)。葉緑体を包む膜の内側に真核細胞の核によく似たヌクレオモルフとよばれる小型の構造があり、DNAとRNAを含んでいる。分子系統学的な研究の結果から、ヌクレオモルフは退化した核であり、しかもクリプト藻の核とは異なる起源のものであることが明らかにされている。クリプト藻の細胞には起源の異なる二つの核ゲノムがあり、ともに機能しているのである。ヌクレオモルフの発見とその分子生物学の進展によって、真核藻類が他の従属栄養生物に共生することで光合成の能力が獲得される現象が起こり得ることが明らかにされた。
実はヌクレオモルフはクリプト藻だけでなく、クロララクニオン藻類でも知られており、ここでもクリプト藻と同様の真核藻類の共生による起源がほぼ明らかになっている。渦鞭毛藻というなかまでは、黄色植物に由来する葉緑体、緑色植物に由来する葉緑体、さらにクリプト藻に由来する葉緑体など、さまざまな起源の葉緑体をもつ種が知られている。
このような多数の証拠は、真核藻類の共生による葉緑体の水平移動が進化の中で比較的容易に起こり得たことを示している。真核共生はまぎれもなく、真核光合成生物の多様化を推進してきた原動力なのである。