no.2, 1998


University Museum, University of Tsukuba


変わりゆく生物観2

真核生物の三つの系統:
ユーグレノゾア・ストラメノパイル・アルベオラータ

井上 勲(生物科学系)


 細胞の形態の比較と分子の両面の証拠から,光合成生物すなわち植物が複数の起源をもつことはいまではほとんど疑問を挟む余地がない。光合成生物のなかには最初に葉緑体を獲得した生物の系統と,真核藻類の共生による葉緑体の水平移動によって光合成能力を獲得した生物,つまり二次的に「植物化」した系統が含まれている。前者には緑色植物(陸上植物をふくむ)と紅色植物,灰色植物が含まれると考えられているが,他のすべての光合成生物は二次的に植物化した系統である。コンブやワカメなどの褐藻は,珪藻などとともに黄色植物とよばれ,陸上の緑色植物と対比される水界の主要な生産者だが,生物の系統(血のつながり)にもとづけば,厳密には植物ではないことになる。

 現在残されている真核生物の多くの系統は,およそ10億年ほど前に爆発的に放散したグループの子孫らしい。このグループはクラウン生物群と呼ばれる。動物や菌類,そして緑色植物もクラウン生物で,そのほかに100に近い原生生物のなかまが含まれる。藻類の多くもまたクラウン生物である(図1)。爆発的に放散した従属栄養生物の複数の系統において真核藻類の共生が起こり,その結果とて藻類の多様なグループが生み出されてきたと考えられる。したがって,藻類のそれぞれのグループには葉緑体をもたない姉妹群が存在していることになる。現に,藻類のいくつかのグループでは, 葉緑体を獲得する以前の生物を含む系統群が発見され,自然分類群として認識されつつある。これらは動物, 緑色植物,菌類のいずれとも異なる真核生物のなかまである。興味深いことに,藻類を含むそれぞれの系統では,葉緑体を獲得して独立栄養を営む生産者のほかに,捕食や吸収によって生きる分解者,そして動物や植物の寄生者が含まれていることがわかってきた。栄養様式の多様化と多彩な環境への進出は,真核生物の複数の系統でくりかえされてきたらしい。そのなかの三つの系統は特に注目に値する(図2)。

 ユーグレノゾア:原生生物の鞭毛虫類のひとつであるトリパノソーマ類は,現在でも数千万人の感染者があるといわれるツェツェ蝿を媒介者とする眠り病やリーシュマニア症の原虫であるTrypanosomaやLeishmaniaを含むなかまである。成田空港の出発ゲートの一角にこれらの病気に対する警告が掲示されていることからもこれらの病気の深刻さが想像できるだろう。トリパノソーマ類と自由遊泳性の鞭毛虫であるボド類(捕食者)はまとめてキネトプラスト類といわれる原生動物のグループを構成しているが,これらが光合成を行い,走光性の代表的な例として小学校の教科書でも取り上げられるミドリムシのなかま(ユーグレナ植物)と同じ系統に属する。この単系統群はユーグレノゾア (Euglenozoa)としてまとめられている。ユーグレナ植物には葉緑体をもたず捕食による生活を行うなかまも知られており,共通の祖先から捕食,寄生,独立栄養という多様な生活型への適応と進化が起こったことがわかる。    
    
  
真核生物にみられる
栄養様式の多様化

さまざまな系統で,独立栄養(真核藻類の共生による光合成能力の獲得),捕食,分解・吸収,寄生生活などの生活様式の分化が生じた。a. ユーグレノゾア,b. ストラメノパイル,c. アルベオラータ。赤い矢印は真核藻類の共生によって葉緑体が獲得された位置を示す。アルベオラータについては渦鞭毛藻類とアピコンプレクサ類が独立に葉緑体を獲得したのか,共通の葉緑体をもつのかまだわからない。  

 ストラメノパイル:コンブやワカメなどの褐藻類をふくむ黄色植物の遊走子や精子は2本の鞭毛をもつが,そのうちの遊泳に関わる前鞭毛には独特の小毛が付着している。この小毛は基部,軸部,先端毛という3部からなり,軸部が中空になっていることから管状マスチゴネマとよばれる(図3)。研究が進み,管状マスチゴネマは光合成を行わないさまざまな生物にも存在することが明らかになってきた。しかも,それらは分子系統の研究から共通の祖先をもつことがわかってきた。褐藻類は世界中の沿岸域で藻場とよばれる海中林を形成して魚やエビ,カニ類などの生息,繁殖の場所を提供しているし,珪藻類は植物プランクトンとして湖沼や海洋の主要な一次生産者の役割を果たしている。光合成生物である黄色植物が,葉緑体をもたず従属栄養を行う複数の生物と共通の祖先をもつことが明らかになってきた。ビコソエカ類(捕食による分解者),卵菌類,ラビリンチュラ類(吸収による分解者,一部寄生者)そしてブラストキスティス類(アメーバ赤痢と同様の症状を示す腸内原虫)などである。これらはストラメノパイル(storamenopile)の名で呼ばれる。stramenはstraw=麦わら,pileは毛の意味であり,中空の鞭毛小毛をもつことにちなんだ名前である。

 アルベオラータ:渦鞭毛藻という藻類のグループがあり,赤潮や貝毒の原因となることでしばしば悪名を馳せる。光合成を行う藻類である渦鞭毛藻が実はアピコンプレクサ類という寄生虫のなかま,そしてゾウリムシなどの繊毛虫と同じ系統に属することが明らかになった。アピコンプレクサ類はマラリアの原虫であるPlasmodiumや井戸水の汚染による幼稚園児の中毒で一時マスコミを騒がせたCryptosporidiumを含むなかまで,寄生生活に適応した巨大なグループである。一方,繊毛虫は原生動物の代表的なグループで,捕食によって水中の細菌や有機物を分解して生活している。海洋から水槽の中までいたるところに生息している水界の主要な分解者である。これらの生物は共通の祖先に由来し,生活様式が著しく異なる系統に分化したものなのである。細胞をつつむアルベオール (alveole)という独特の構造をもつために,アルベオラータ (Alveolata)という分類群にまとめられる。

最近,驚くべきことにアピコンプレクサ類が退化した葉緑体をもつことが明らかにされた。この事実は,現在寄生生活を営んでいるマラリア病原虫やトキソプラズマ病原虫は,かつては光合成を行う植物としての生活を営んでいたことを意味する。これらの生物は,最初葉緑体をもたない従属栄養生物であったはずで,真核の藻類を細胞共生で取り込んで光合成生物になり,さらにその後,葉緑体を退化させることで寄生生活を営むようになったと考えられるのである。真核生物の進化は驚くほど臨機応変なものであったらしい。

生物分類として教科書で一般に採用されている五界説は,栄養様式の多様化を重視した生物観である。動物と菌類と植物が捕食,分解・吸収そして独立栄養というエネルギー獲得様式のもとで多細胞化あるいは大型化を果たし,現在の繁栄を築いてきたこと自体は正しいし,これらはまぎれもなく現在の生物界を構成する主要なグループである。しかし,同様な多様化は五界説のプロティスタ(プロトクティスタ)のなかで,しかも多数の系統で繰り返し起こってきたことであり,これらは本質的に動物,菌類,植物がとった戦略となんら変わるところはない。肉眼的な動物,植物,菌類の世界から,ひとたび顕微鏡サイズの生物に眼を向けると,五界説の枠組みをこえた,はるかに複雑な世界がみえてくる。真核生物は,細胞共生によって光合成生物の多様化を進めると同時に,さまざまな生活様式を臨機応変に取り入れることによって進化してきたのである。現在の地球上の生態系の相当部分は実はこのような微細な真核生物によって担われている。一滴の水,一握りの土の中に真核生物の驚くべき多様性がある。

(e-mail: iinouye@sakura.cc.tsukuba.ac.jp )


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